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2017年07月23日

行商日記

行商日記 第35回

NHKの放送がある時間、ぼくは秋葉原のヨドバシカメラにいました。
17時のニュースが始まり、離島キッチンの放送は17時30分頃。

ぼくはNHKを流している10台のテレビの前のソファに座り、
大学受験の合格発表を待つような気持ちで放送を待ち続けていました。

「それでは、次の話題です。都心でちょっと変わったキッチンカーを見つけました」

テレビの画面が切り替わり、見覚えのあるキッチンカーが画面に映し出されます。
画面のテロップには、「離島キッチン」の文字。

ぼくはテレビ画面を見つめながら、この「非日常」に頭がクラクラしてきました。
10台のテレビ画面に映し出される離島キッチンの車体が懐かしく思えます。

そして接客をするぼくの顔が10台のテレビ画面に映し出されました。
番組のナレーションは一切、頭に入ってきません。
テレビ画面で何かを話しているぼくの顔が、全くの別人にしか思えませんでした。

時間にしておそらく5分ほどの番組だったと思うのですが、
体感としては5秒にも5時間にも思えるくらい、時間の感覚が欠落していました。

そして、離島キッチンのコーナーが終わり、番組は別の画面に切り替わります。

···ガヤガヤ、ガヤガヤ。

ようやく自分の耳に、店内の雑踏やテレビの音など現実的な音が届き始めます。
わずかな時間ではありましたが、ぼくは別の世界に紛れ込んでいたような感じでした。

そして、現実的なノイズに体と耳が慣れはじめてきた頃、
ぼくは、今まで経験したことのないような虚無感に襲われました。

ちょっと落ち込んだりというような生易しいものではなく、
圧倒的な力で胸の奥に屹立する純度100%の虚無感。

立ち上がるのも億劫だし、呼吸をすること自体も面倒臭いと思えるような感覚。
ぼくはこのままヨドバシカメラのソファに溶けて消えてしまいたいとすら思いました。

どれくらいソファに座っていたのか、今となっては思い出せません。
ただ、その虚無感からかろうじて救い出してくれたのが、
テレビ画面のフクロウでした。

理由はわかりませんが、とにかくフクロウの姿をみて、
ぼくはすこしだけ元気が出ました。

NHKと虚無感とフクロウ。

その後、数週間にわたってテレビや新聞の取材が立て続けに入り、
ぼくは紙皿や割り箸のような「消耗品」になった気分をしばし味わい続けます。

そんな折、ある「お誘い」が舞い込んできました。

文 佐藤 喬