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2017年07月05日

行商日記

行商日記 第34回

中目黒での販売とNHKの撮影がうまく回りはじめ、ホッと一息つこうとした瞬間、
すこし離れたところで強面の男性が、ぼくをジッとにらんでいました。

男性は、ライオンが獲物を狙うかのごとく、ゆるやかに近づいてきます。
テレビの取材陣に気後れすることもなく、ゆっくりとゆっくりと。
カメラマンも男性に気付いたのですが、男性の異様な佇まいにカメラを下ろしました。

「おい、俺を撮影するんじゃねえぞ。兄ちゃん、誰の許可でここで販売してんだ?」
「土地の所有者を通じて、10時から15時までここを借りているのですが」
「営業許可は持ってんのか?おおうっ?」と明らかに恫喝モード。

見た目はとても怖い感じの男性だったのですが、
ぼくは上手く回りはじめた販売と撮影を崩されたことによる怒りのアドレナリンが、
徐々に身体中にめぐるのを感じていました。

「ちょっと待っててくださいね。今、書類をお持ちしますから」

ぼくは販売に必要な営業許可証、土地のレンタルの契約書、衛生管理責任者証明書、
さらには火に油を注ぐためにTSUTAYAカードもそっと添えて、男性にお渡ししました。

男性は書類を手に取り、TSUTAYAカードに関しては首をかしげていましたが、
販売に必要な書類はすべて揃っていると観念したのか、急にトーンを下げてきました。

「悪かったな、兄ちゃん。ちょっと様子を見るように頼まれてよ」
「誰からですか?」
「近所の店だよ。飲食店にも縄張りってのがあるのよ。うちらの商売と同じで」
「うちらの商売って何ですか?」
「何の商売だと思う?」
「ファンシーグッズの販売ですか?」
「わはは、まあ、似たようなもんだ」

強面の男性は「じゃあな」と再びゆっくりとゆっくりと来た道を戻っていきました。
ぼくは、ふぅーっと深く長いため息をつき、1年分の疲れが身体に溜まったような気がしました。

「大丈夫ですか、佐藤さん」とNHKのディレクター。
「ええ、よくあることです」とぼくは慣れた感じで答えました。
本当は初めてだったけど。

どしゃ降りの雨も強面の男性が去ってからすぐにやみ、
空には一筋の光がこぼれるように差し込んできました。

そして放送日までの3日間、ぼくはなかなか身体の疲れを抜くことができませんでした。

文 佐藤 喬