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2017年05月16日

行商日記

行商日記 第31回

行列をさばききった後、ぼくは胡麻の袋を持った若い女性の方へ歩きはじめました。
女性はショートカットのあどけない笑顔で、片えくぼが印象的な20代の方でした。

「はじめまして。喜界島のNです。これ、おみやげです」とぼくに胡麻をくれました。

喜界島という島の名前を聞いて、ぼくはようやくピンときました。
まだ行商の構想時期に、雑誌のソトコトに取材をしていただいたことがあり、
その記事を見てメールをくれた方が、目の前のNさんでした。

Nさんは栄養士の仕事をしているらしく、2年前に喜界島に移住されたとのこと。
秋頃に東京出張があるので、販売場所に行きますね、と書いてくださっていました。

ぼくは目の前の素敵なNさんもさることながら、手渡された喜界島の胡麻に
心を奪われてしまい、何度も自分の手元にある胡麻をチラチラ見ていました。

挙動不審なぼくの態度に笑顔で「どうぞ、開けてみてください」とNさん。

頂いたおみやげをその場ですぐに開けるのは失礼かなと思いつつも
生まれてはじめて手にする喜界島の胡麻の魅力に負けてぼくは封を切りました。

「···ぅわ」

一瞬、賑やかな赤坂サカスのイベント会場の時間が止まったように感じました。
胡麻の香りが会場を包み込み、あらゆる人が幸福に包まれているように思えました。

ぼくはNさんのことを心の中で「胡麻の妖精」と名付け、
Nさんの片えくぼが胡麻の形に似ているなと意味不明な妄想をし始めます。

「いい香りでしょ?この胡麻と塩のおにぎりは最高なんです」
「いや、これは参りました。本当に素晴らしい胡麻ですね」

その後、Nさんは販売終了までキッチンカーの仕事を手伝ってくれました。
そして、頂いたばかりの胡麻を鶏飯にかけたおかげか、最後まで行列が続きました。

「佐藤さん、仕事終わりに行きますか?」とNさんがグラスを傾ける仕草をしました。
「もちろん」とぼくは大ジョッキを傾ける仕草をしました。
そんな折、一人のスーツ姿の女性がこちらに向かって歩いてきました。

その女性の姿を見た時、ぼくの頭の中でカチリと何かが動きだすような音がしました。

文 佐藤 喬