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2016年06月05日

行商日記

行商日記 第17回

ゴールデンウィーク期間中、境港で販売した岩がきの売上は総額100万円。
岩がきの匂いが身体中にしみつき、
気を抜くと境港の野良猫たちがすり寄ってくるほどでした。
写真

ぼくは疲弊した身体を労わろうと、島根県の玉造温泉に向かいます。
出雲国風土記に神の湯と称えられ、日本最古の温泉と言われる玉造温泉。
神聖なるこの地に、ぼくは身体に染みついた岩がきの匂いとともに降り立ちました。

浴衣姿の粋な若いカップル。
老後のひとときを過ごす素敵な夫婦。
そして、野良猫にまとわりつかれるぼく。

明らかに神聖な温泉地の風紀を乱しかねないぼくの存在は
野良猫には大人気でしたが、観光客の方々には不評だったに違いありません。

「絶対きれいになってやる」

昔、こんなフレーズのCMがありましたが、まさにぼくの心境もこんな感じでした。
今は岩がきの匂いで猫に大人気だけれども、温泉に入りさえすれば、
カランコロンと浴衣の似合う粋な人間に仲間入りできるはず。
そんな淡い期待を胸に、ぼくは明らかに場違いな高級旅館へと向かいました。

「あれ、お客様、岩がきをお持ちですか?」

そんな心の声が聞こえるフロントをそそくさと通りすぎ、
ぼくは脱衣所に向かいました。
まだ早い時間帯ということもあり、大浴場にいるのはぼく一人だけ。

頭から足のつま先まで丁寧に身体を洗いまくり、
ぼくはシャボンの妖精になった気分でした。
さらには大浴場でのご法度とも言える平泳ぎやクロールすら優雅に披露。

そして温泉から脱衣所にあがり、ぼくは鏡の前で耳かきをしました。
すると、耳の中でジャリという音がします。

なんだろうと思って見ると、耳の中から岩がきの貝殻の破片が出てきました。

「·······」

理由はよく分かりませんが、この時、ぼくは何故か感無量になり、涙を流してしまいました。耳から出てきた岩がきの破片に「お疲れさま」と言われたような気がしたのかもしれません。

ひとしきり泣いた後、
ぼくははじめて岩がきに「ありがとう」と心を伝えることができました。

文 佐藤 喬
写真 小林 理恵子