掲示板

2016年01月07日

献立紹介

【お昼の献立紹介〜寒シマメ漬け丼〜】

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シマメとは「スルメイカ」のこと
12〜2月の寒い時期に旬をむかえます

肝と醤油で和えた身は、
噛むほどに甘みと旨みが広がり
卵の黄身と絡めれば、
よりまろやかな風味もお楽しみ頂けます


※平日ランチ営業始めました※
火〜金   11:30〜14:00

お昼のご来店もお待ちしております

文 写真
幸 秀和
 

2016年01月05日

お知らせ

営業時間変更のお知らせ

火〜日   11:30〜14:00
      18:00〜22:00
              (L.O.21:00)

定休日 月曜日※祝日が月曜の場合、火曜日をお休みいたします

平日のランチ営業を開始致します
本年も何卒よろしくお願い申し上げます

2016年01月01日

お知らせ

謹賀新年

謹んで新年のお慶びを申し上げます
旧年中は格別のご愛顧を賜わり厚くお礼申し上げます
 
今年も、様々な離島の魅力をお届け出来ますよう
一層精進してまいります

皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます
 
尚、新年は1月5日(火)から平常どおり営業させていただきます
本年もどうぞ宜しくお願い致します

離島キッチン神楽坂店
スタッフ一同

2015年12月28日

離島入門

離島入門 第3回 「ないものはない」2

年の瀬になりました。
離島キッチン神楽坂店も、オープンから
あっという間に3か月が経ち、
私がここに来て1か月が過ぎようとしています。
今年も離島キッチンを応援くださり、 どうもありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

年末といえば、大掃除ですね。
部屋も心もスッキリして、新たな年を迎えたいものです。

私は海士町に来たとき、
大掃除した後の部屋にいるような、
そんなすっきりとした気分を味わっていました。

海士町にはコンビニも電車もありません。

子育て支援や独自の教育に取り組み、
現在、子どもが増えているこの島。
島唯一の保育園も定員が80名から90名に増えたほど。
私が子どもの時、毎日楽しみにしていたのは、おやつの時間ですが、
おやつを売っているお店も多くはありません。

「子どもたちが食べるおやつは、つくってしまうんです。」

海士町で子育てするお母さんから、こんな話を聞くことができました。
「ここにはケーキ屋さんがありません。
でも、その分海士町のお母さんはお菓子作りの上手な人が沢山います。
上手な人のところに親子でレシピを習いに行って、
わいわいおやつの時間を過ごしたり、とっても楽しいですよ。」

「ない」のであれば作ってしまおう。
「ない」から「ある」へ変えてしまう
「人の力」を海士では感じました。

例えば、研修で訪れた「あまマーレ」。
もともと、保育園であった場所を活用し、
海士町集落支援員とよばれる人たちが、
地域で役立つ様々な取り組みを行っています。
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海士町では新しい食器や家具が手に入る場所は殆どありません。
同時に、地域のお年寄りの家の食器や家具などを処分するのに
手間やお金がかかり困っているという現状がありました。

そこで 2011 年、はじまったのが、「古道具やさん」というプロジェクト。
不要になった食器や家具をあまマーレで引き取り、
必要としている島の人の手に渡るようにしています。
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食器や家具の価格のうち、ほとんどは、
新たな人の手に受け渡すために食器や家具を洗浄する代金に使うそう。

必要以上にモノを求めないこと。
今あるものを上手に活かし暮らしていくこと。
ここにも、「ないものはない」の考え方が生きているのを感じました。

文 辻原 真由紀
写真 幸 秀和

2015年12月26日

行商日記

行商日記 第5回

羽田空港発、米子行きの便は朝の6時55分だった。
不安と緊張と少しの期待とが入り混じった曇りがちな朝。

自宅から車で羽田空港に向かう間、ラジオでは
ローリングストーンズの特集をしていました。

普段はロックとか聞かないけれど、
この日、ラジオから流れてきた「ブラウン·シュガー」には
とても勇気づけられたのを覚えています。

ミック·ジャガーの余韻に浸りながら飛行機に乗り米子空港へ。
さらに、バスで鳥取県の境港へと向かう。

境港のバスターミナルには、NHKの朝の連ドラに
「ゲゲゲの女房」が決まったという垂れ幕が大きく飾ってあり、
水木しげるさんと境港との縁が深いことを知りました。

そして、生まれて初めて乗る島へのフェリー。
乗船時間はおよそ3時間30分。

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フェリーの切符を買おうと窓口に行くも、
行き先には見慣れない地名がたくさん並んでいる。

菱浦、別府、西郷。

行き先は島の名前ではなく、港の名前が書かれていて、
正直、どこで降りれば良いのかさっぱり分からない。
さらには、乗船名簿的な用紙を提出しなければならず、
まるで海外に行くみたいだなと感じた。

フェリーの中は、特等室、一等室、二等室と分かれているのですが、
大体の人は二等室(だだっ広いじゅうたん敷きのリビング)に
寝っ転がっている。

ぼくも周りの人に習い、棚に置いてある枕を持って
じゅうたんの上に寝転んだ。

汽笛の音がする。
いよいよ、隠岐·海士町へ向けての出航である。

文 佐藤 喬
写真 幸 秀和

2015年12月25日

お知らせ

年末年始の営業について

年内の営業は、12月27日(日)までとなります。
年明けの営業開始は、1月5日(火)を予定しております。

寒さも厳しくなってまいりました。
くれぐれも体調にはお気をつけ下さい。

本年は本当にありがとうございました。
オープンから3ヶ月、あっという間の日々でした。
これからも皆様に離島の魅力を届けられるよう、精進してまいります。
来年も何卒宜しくお願い申し上げます。

2015年12月23日

物販紹介

鹿児島県・屋久島「有機屋久島紅茶」

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屋久島の杉林を切り開き、
農薬や化学肥料を
一切使わずにつくられた
自然の恵み100%のお茶です。

茶木の虫取り、畑の草取りを
ひとつひとつ手作業で行い、
少しずつ丁寧に生産しています。

オススメは何も入れず、
ストレートで。
渋みが少なく
お食事の時にもよく合います。

文 辻原 真由紀
写真 幸 秀和

2015年12月23日

物販紹介

広島県・大崎下島「レ・モイスト」

_IGP8070柑橘類の生産が盛んな大崎下島。

販売元の上神農園の奥様が、
レモンの花の化粧水を
手作りで楽しんでいて、
思いついたというこの商品。

とろりとした付け心地にまず驚きます。
1度目はコットンで、
数分後、2度目は手のひらで重ね付け。
手に肌が吸い付くほど潤います。

ほんのり甘いナチュラルな香りが
オーガニック・無添加化粧品である証です。

文 辻原 真由紀
写真 幸 秀和

2015年12月23日

みんなの日誌

スルメイカ同盟

まだ大学生だった頃、勢いよく飲み過ぎて
記憶をなくしたことがある。

その翌朝、ぼくの枕元にいたのは可愛い女の子。
ではなく、食べかけのイカの丸焼きだった。

最後は何処で飲んでいたんだろう?
イカの丸焼きをどこで買ったのだろう?
どうやって自宅にたどり着いたんだろう?

様々な疑問が頭をよぎるも、最後まで解けなかった謎は、
「なぜ寝る前にイカを食べたのだろう?」という
泥酔中の自分の心理状態についてだった。
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ちなみに離島キッチンには「寒シマメ漬け丼」という名の
島根県隠岐郡海士町で獲れたスルメイカの漬け丼がある。

キッチンカー時代も含めて、何千杯、何万杯という漬け丼を販売したのですが、
そこで感じたのは、日本人はつくづくイカが好きなんだな、ということ。

塩辛、肝和え、漬け、お造り、一夜干し、ゴロ焼き、イカ大根、エトセトラ。

ぼくもイカは大好きですが、まさか自分がイカを
売る仕事に就くとは想像もしていませんでした。

そんな折、ふと感じるのは、ぼくとイカとの「関係」についてである。

もしかしたら、あの時枕元にいたのは
丸焼きの姿をしたイカの妖精だったのではないだろうか。

そして、少しかじりついていたのは、
ぼくとイカの妖精との同盟の証みたいなものだったのかもしれない。

まるでゲーテのファウストみたいなお話だけれど、
何となくイカとは深い因縁のようなものを感じてしまう今日この頃。

みなさん、イカがお過ごしですか?

文  佐藤 喬
写真  幸 秀和

2015年12月23日

離島入門

離島入門 第2回「ないものは、ない」1

「おばあちゃん、なあにこれ?」
「『ないものはない。』だって。なんだろね〜?」
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日差しの暖かいとある昼下がり、
こんな会話をしながらお店の前に貼ってあるポスターの前を通り過ぎた
おばあちゃんと小さな女の子。
神楽坂店の前にも貼ってある、目を引く印象的なこのポスターは、
島根県隠岐諸島にある海士町が掲げるロゴマークです。

海士町(あまちょう)は島根半島の沖合から60キロほど北、
日本海に浮かぶ隠岐諸島・中ノ島にある人口2,400人ほどの町です。
一島一町のため、島全体を指して、「海士町」と呼ばれます。

隠岐といえば、私も歴史の授業で習った記憶くらいしかありませんでした。
鎌倉幕府との戦に敗れた後鳥羽上皇が流れ着いた場所が、ちょうど今の海士町。
争いに負けたとは言え、
かつての国の長ほどの者を島流しにする地として隠岐が選ばれたことからも、
隠岐は上皇の政治的権力を排除できるほどに都から離れた島でありながら、
食物が豊かで生きていくのには十分な環境のある場所だとの認識が
古くからあったことが伺えます。

「ないものはない」には、
•    無くてもよい
•    大事なものはすべてここにある
という2つの意味が込められています。
私はこのロゴマークを見るたび、先日、
離島キッチンのスタッフと共に、海士町を訪れた際のことを思い出します。

東京から鳥取県米子空港を経由し、更にフェリーで約3時間。
初めて訪れる場所には、緊張がつきものです。
ワクワクしつつも、受け入れてもらえるかな、とか、
失敗したら大変だから気を付けないと!
とか、いろいろな不安が頭をよぎります。
私は、少しでも緊張をほぐそうと海士町の本を読んだり調べたりして
その日に備えました。

「こんにちは」

不安と期待を抱え、海士町の港を一人でウロウロしていた時のこと。
見知らぬ人からの突然の挨拶。
驚きながら挨拶を返すと、
「あら~!どこから来たの?」
と、今度は通りかかった別の女性から続けての挨拶。

「海士町では、大人も子どもも、通りかかった人には誰でも挨拶します。
気持ちよく挨拶をしましょう」。たしか、どこかにそう書いてあった。
本には書いてあったけど、本当なのか!

「こんにちは。実は、東京から来たんです~」
そう返し、海士の人と会話がはじまった途端、もう緊張はほぐれていました。

都会には無い何かがここにはありそうだ。
これが海士町に来て最初に私が感じたことです。

文 辻原 真由紀
写真 幸 秀和