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2017年05月16日

移住入門

移住入門 第6回

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この形、何かに似ていませんか。

そうです、牛の形に似ているのです。

私が小豆島へ移住してから、島の地理関係の説明を受ける際は、
何かと牛の形に例えられて説明を受けました。
お尻を突き上げ、左側(西側)へ勢いよく突き進む牛の形に見えてきませんか。

西側の頭に位置するのが前島と呼ばれるところです。
島の一番メインな港である土庄港や、引き潮の際に砂の道が現れ
恋人たちの人気スポットで有名なエンジェルロードがあるのがこの前島です。
牛のお乳が出る場所である前足と後ろ足の間(前足寄り)には、旅行パンフレットでは必ず見かけるギリシャ風車や昭和天皇がお手撒きされたオリーブがあります。
また、後ろ足の部分には、不朽の名作である「二十四の瞳」のロケ地を活用した施設である、二十四の瞳の映画村があります。
そして東側沿岸部であるお尻や尾が位置する場所には採石地が多くあります。
ここで採れる石は小豆島石と呼ばれるもので、江戸城修築や大阪城修築の際に
この小豆島石が多く使われました。
ざっとではありますが、主要なスポットを牛の形に例えて説明するとこんな感じでしょうか。

前回の記事で、小豆島は周囲100km以上あることに触れましたが、
この牛の形をした100km以上の道には主要なスポット以外にも見所があります。
小豆島へ移住して、車で何度か島一周のドライブをしたことがあるのですが、
何とも不思議なものでした。

ある地区を通り、そしてしばらくすると建物のない道を走る。
また別の地区が現れて、しばらくすると建物のない道を走る。
その連続ではありますが、地区ごとに見える景色が違ったもので、
一つの島ではあるのですが、まるで別の所にいるような感覚です。

日本どこかであるこの島には、
「どこか」にしかないたくさんのもの、ことがあります。
牛にはそれぞれの部位があって特徴があるように、
この島のそれぞれ場所にはそれぞれの特徴があります。
その一つ一つを今後詳しくご紹介出来たらいいですね。


つづく。

2017年05月10日

移住入門

移住入門 第5回

あなたが今見ている船はどこへ向かう船でしょうか。
これは高松から来た船で池田港(小豆島)へ向かっている様子を収めました。
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小豆島全体で発着する船の数は一日で100便以上あるそうです。
そのようなことを小豆島内にある企業の合同入社式の際に町長さんが仰っていました。
ここ1か月での生活で島に発着する便数なんて特別に意識したことはなく、あたかも当然の事として受け入れてきたのですが、改めて考えてみるとこの数字は結構すごい数字なのかなと思います。
雑な計算ではありますが仮に始発が6時で最終便が21時までの1日の船の運行時間が15時間として計算すると、平均で1時間に6本以上、10分に1本以上の船が小豆島に発着している状態になります。(正しい始発や最終便、一日の発着数に基づいたものではないので正確なことは分からないのですが、)
多くの船とそして人が行き交う、そんな小豆島です。

また、周囲100km以上ある小豆島には島一番の港である土庄港を皮切りに、
池田港、草壁港、坂手港、福田港、大部港の実に6つの港があります。
そしてこれら6つの港がそれぞれ向かう先は、神戸港や姫路港、日生港(岡山県備前市)、新岡山港、宇野港(岡山県玉野市)、高松港(高松東港も含んだ体)の四国、中国、近畿地方それぞれの港で6つに及びます。
この就航先にも驚くことがあり、日本の他の多くの島では船の就航先は1方向、2方向とそんな多くは無いのかなと思いますが、一方でそれ以上に小豆島が東西南北の様々な方向に6つ就航先があるのは多いことで、本州と四国に囲まれ内海に浮かぶ瀬戸内海の島ならではでないでしょうか。

これらのことは、船の時間に合わせて行動するのではなく、行き先の都合に合わせて行動することができて、私自身のここ1か月の実体験として感じた一番の良い所です。
山手線のように時刻表を確認せずに乗れる訳ではないのですが、
「まあ、港に行けばすぐには乗れずとも何かしらフェリーはあるでしょう。」
みたいな感覚で、一本乗り逃したから目的地に着かないなんてことは基本的には無いのかなと思います。

これからもお世話になる船の交通にはまだまだ奥深いものがありそうです。
もう少し詳しく調べて、またいつかの機会にご紹介したいと思います。


つづく。

2017年05月01日

移住入門

移住入門 第4回 

小豆島へ移住してある日のこと。
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瀬戸内海の春の風物詩でもある濃霧の様子です。

この日は高松、小豆島、宇野(岡山県)などを発着する多くの船便が欠航となりました。停船勧告と呼ばれる指令が海上保安庁より発令され、各フェリー会社が運航を取りやめたためです。
この停船勧告は瀬戸内の島々に住む人にとっては馴染なものらしく、
3月から6月にかけて濃霧が発生しやすいこの時期に発令されるそうです。
いろいろと詳しい条件はあるそうですが、
視界が500メートル以下となるのが1つの基準。
四国山地から下ってきた暖かく湿った空気が瀬戸内海の冷たい海風によって冷やされ、そして空気中に含まれる水蒸気が霧となってこのような濃霧を生み出します。

このような停船勧告が発令される裏側には、紫雲丸事故と呼ばれる瀬戸内海で起こった船の事故があるそうです。
1955年に発生したこの事故は、宇野港(岡山)と高松港を結ぶ、紫雲丸と第三宇高丸が濃霧の中、運航し衝突して沈没。
修学旅行中の生徒などを乗せた船は児童を中心に168名の犠牲者を出し、国鉄戦後五大事故にも数えられるほどの大事故となりました。

自然現象による船の欠航は小豆島に限らず、日本の多くの島々でよくあることですね。
特に東京の秘境、そして離島キッチン5月の島特集でもある青ヶ島の船の就航率は50%ほどとか。
島に行かれた方で、一度はこのような経験をされた方が多いのではないでしょうか。

移住する前までの生活では電車が動かなければバス、バスがダメならタクシーなど選択肢があって、どうにか目的地まで辿り着くことができたのですが、島では船だけ。
大体のことは島内で解決するのですが、それ以外のことが必要で島外に行かないといけないとき。そして緊急性を要されるとき。
こんなときに「停船勧告」に被ってしまったら・・・。

良いことも多いのですが、何かと難しい島での生活です。
この春の風物詩を日常と受け入れるようになれば、島の人となれるのでしょうか。


つづく。

2017年04月27日

移住入門

移住入門 第3回

離島キッチンの運営母体がある海士町(島根県・隠岐諸島)では
「ないものはない」は下の二つの意味があります。
1 無くてもよい 2 大事なことはすべてここにある

そして小豆島でも「ないものはない」
島内でなんでも揃います。

小豆島へ移住して、早一か月が経ちました。

新しいこと尽くめのこの一か月は、あっという間に過ぎ去っていきました。
島生活は意外にも不便を全くって言っていいほど感じることはなく、
陸地部でのスーパーと同じような値段で買い物ができて、コンビニもあって、
ファミレスも、家電量販店も、病院も、
何から何まで揃います。

さて、皆さんがお住まいの所では桜は散ってしまいましたでしょうか。
東北、北海道などを残して多くの場所では散ってしまったのだと思います。
もちろん今は散ってしまいましたが、ここ小豆島でも4月の中頃に満開を迎えました。

桜といえば桜遍路。

ここ小豆島では四国にある八十八ヵ所霊場と同じように、
島四国や小豆島霊場と呼ばれている八十八ヵ所の霊場があります。
その八十八ヵ所の霊場では、八十八の桜を楽しむことができます。
それは、小豆島を桜遍路にしたいと小豆島の高校の先生が1993年から始めた取り組みです。
八十八ヵ所のそれぞれの境内に1種類ずつ種類の違う桜を植えていきました。
土壌条件やシカの被害などで現存する桜の数は半数ほどになってしまいましたが、
いずれかは全ての霊場で桜が見られるよう目指していくそうです。

これは、太白。
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小豆島霊場第85番 本地堂
イギリスの桜研究家であるイングラム(C.Ingram)が栽培していたものを、
1932年に逆輸入して「太白」と名付けられたそうです。

そしてこれは、飴玉桜。
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小豆島霊場第22番 峯山庵
私の出身地である神奈川県の真鶴半島で自生している桜。
つぼみの形が飴玉に見えることからこの名が付いたそうです。

桜と言えば、ソメイヨシノや枝垂れ桜くらいしか知らない私からしてみれば、
こんなにも桜の品種があることに驚きました。
(日本には600種類以上の桜があるそうです。)
ましてやこの小豆島で出会えるなんて思ってもみなかったことです。
樹形や花の色、花びらの着きかたなど一つ一つ違う形をもった桜の奥深さに少し触れることができたような気がします。

また来年の春のシーズン、桜遍路を楽しみに小豆島へ来てみてはいかがでしょうか。


つづく。

2017年04月19日

移住入門

移住入門 第2回

みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは。
小豆島では各所で桜の花が開きそして散っていく。
季節を象徴する桜の開花の一連によって、暖かさと共に春らしさを実感できるようになってきました。

さて、小豆島へ移住したわけではありますが、小豆島での生活をお届けする前に、
私が小豆島へ移住したきっかけを何回かに分けてお送りしたいと思います。

まず、私が初めて小豆島を知ったきっかけは、
ダイハツの「日本どこかで」というテレビコマーシャルを見たときでした。
俳優の吉岡秀隆さんが演じるお醤油を作る職人さんを父に持つ人物が、父親が病気で倒れたことを機に家業を継ぐために故郷の島へと戻る、そんな内容のコマーシャルです。
この故郷の島が小豆島で、島の自然風景や街並みを背景に物語は進んでいきます。

特別代わり映えのしない風景、街並みなのかもしれないのですが、
映像の中で動くものは少なくそしてゆっくりと動いてく様子に、
正反対の都心部での生活にしんどさや窮屈さを感じていた私には、
心が休まる映像でした。
この映像が頭から離れず、ロケ地を調べたところ「日本のどこかで」ある小豆島を知ることとなりました。

コマーシャルが放映された時期は当時高校3年生、2012年だったと思います。
相変わらず小豆島の映像が頭から離れない私は、
心休まる地を求めて翌年2013年に初めて小豆島にいく事となります。

2013年12月。
宇野港(岡山県玉野市)から土庄港(小豆島)へ向かうフェリーに乗り込み島へ渡りました。
冬の瀬戸内海、当然のように寒さが厳しい季節ではありますが、外の風に少しだけあたりたいと、そんなふとした考えで屋上の甲板デッキにあがりました。
そして私は次のような景色を目にしました。

島が浮かんでは消える。

船は瀬戸内海の島々を縫うように走り、
船から島までの距離が一本一本の樹形がわかるほど近い距離を航海していきます。
一つの島が浮かべば、もう一つの島が消えていく。
そして更なる島が浮かんでくる。消えていく。その繰り返し。
たった一言で表せる景色ではありますが、不思議な体験で飽きることのないその連続する景色が美しい。
船上での出来事は寒さを忘れるほどの衝撃的なものであり、終始甲板デッキに張り付いたまま土庄港へ到着したことを覚えています。

この景色こそが私にとって、瀬戸内海の始まりであります。DSC_0146


つづく。

2017年04月12日

移住入門

移住入門 第1回

みなさま、おはようございます、こんにちは、こんばんは。

4月となり入学式や入社式など何かと新しいことが始まる季節ですが、
私はブログを始めたいと思います。

今年の春まで離島キッチンでアルバイトととして働いていました、ハマクボです。
主にホールを担当していましたので、ご来店いただいたお客様は、もしかすると接客させていただいたのかもしれません。
(いつもsakana Japonの前掛けをつけていました。これは壱岐島(長崎県)にある、
みなとやゲストハウスさんの前掛けです。)

離島キッチンでは、島食材の知識や調理など島に関することに精通した社員の方々が
中心となって店舗を運営しておりますが、
私のような学生アルバイトも従業員として一緒に店舗を盛り上げています。
5、6人ほどの学生アルバイトが居たのですが、
みんな島が好きで島に縁のある人ばかりでした。
対馬(長崎県)出身の子や新島(東京都)出身の子。
インターンシップやボランティア活動を通じて奄美群島(鹿児島県)や
利島(東京都)、粟島(新潟県)と関わりのある子などなど。

そんな私も島が好きな一人として働いていました。
島と言っても日本には北から南まで数多くの個性あふれる島々がありますが、
私が特に思い入れがある島は瀬戸内海の島々です。
学生時代には、小豆島(香川県)に旅行へ行ったのを機に、
瀬戸内海の島々を何度も旅行で訪れてはインターンシップに参加したり、
豊島(香川県)でのオリーブ収穫のアルバイトをするなど、
どっぷりと島に浸かった学生時代でした。

さて、私ですが先に述べたように、今現在離島キッチンのアルバイトを辞めております。先月、大学を卒業し就職しておりますが、就職先がちょっと変わった就職先です。

そうなんです、島の企業に就職をしました。

新卒、社会人一年目、Iターン、島移住。
決して多くはない選択だと思います。
22年間の多くの時間を過ごした都心部から離島への引っ越しです。
これからどんな生活が待ち受けているのでしょうか。

そんなこんなで私は、瀬戸内海に浮かぶ島、
小豆島へ移住しました。
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つづく。